防犯カメラで過ごす
供給サイドでは政府が後押しするサービス価格等における規制緩和の流れのほか、代替エネルギーの開発や省エネ技術の進歩、また農業においては技術進歩や生産体制の合理化も期待できます。
もちろんそうした努力については引き続き不断に推し進めるべきでしょう。
それでも想定されるすべてのリスクに備えるのが資産運用の要諦である以上、インフレリスクは最も留意すべきリスクの一つとして厳しい警戒と防衛策の構築を怠ることはできないのです。
資産運用とは財産・生活防衛のために万全の武装を施すことなのです。
このようにインフレが懸念されている足元の日本経済ですが、今後の姿、特に成長のテンポ(経済成長率)はどうなるのでしょうか。
そもそも経済成長率とは国内総生産二足期間内に国内で産出された付加価値の総額の増加率で表されます。
そして特に実力ベースの成長力ともいえる潜在成長率(生産要素を全て有効利用した場合に達成されるGDP成長率)は労働投入量、資本ストック(生産設備やインフラなど)の利用量、およびそれらの利用効率である全要素生産性(労働者の技能水準や設備の技術水準など)という三つの要素を推計し、それぞれの伸び率の合計として表すことができます。
日本は2000年に総人口が減少に転じました。
これは統計を開始した明治時代以降初めてのことです。
人口減少が危供される。
第一に、経済成長の構成要素の一つである労働投入量の減少が予想されるためなのです。
人口減に伴う労働投入量の減少は長期的に日本の成長率を押し下げる要因として重くのしかかる可能性が高いと言えます。
また、GDPの裏側である需要面から言えば人口減によりGDPの5割超を占める個人消費が伸び悩み国全体の総需要が大きくは増えないことが見込まれます。
同じく経済成長の源泉たる資本ストックについても個人消費が伸びない以上、設備投資を行ってこれを大規模に増大させる意欲は減退するでしょう。
たとえば内閣府「企業行動に関するアンケート調査(2000年1月時点)」によれば企業の期待成長率(今後5年間の予想実質経済成長率)はわずか0.03にとどまっておく。
今後、資本ストックを増大させるための設備投資をバブル経済崩壊以前のようなペースで増やしていくとは考えられません。
こうした低い期待成長率の背景にはやはり人口減少という構造問題が横たわっているものと思われます。
このように人口減少は生産・需要の両面から経済成長の足を引っ張る可能性が高いのです。
人口制約から中長期的な経済活力がそがれてしまうとの予感、これが過度に悲観的なものも含め、世の中に流布する多くの「日本衰退論」のベースとなっています。
この点、中国やインドといった新興経済圏が、そのケタ違いの人口パワー、とくに低賃金で良質の労働力、および膨大な顕在的・潜在的中間層の購買力を背景に「世界の工場」あるいは「世界の大消費地」として世界経済におけるプレゼンス(存在感)を強めつつあるのとは対照的です。
また、人口減少が不可避だとしても、経済成長率を息の長いものにするためには経済成長の三要素の一つである生産効率を向上させるのも必要かつ有効です。
そのために政府もさまざまな方策を提言しています。
たとえば、「経済財政改革の基本方針」(いわゆる「骨太の方針」)の2002年版でも人口減少社会において経済成長を持続させるためには一人当たりの労働生産性を高めることが最も重要、との基本認識に立っています。
そして具体的方策として人材能力の向上支援、ITの本格活用のための環境整備、規制緩和による公共サービスの効率化などの施策からなる、意欲的な「成長力加速プログラム」が掲げられています。
こうした経済成長率の底上げ策を官民一体で推進していくことで活力ある経済社会を維持していくことをこれからも粘り強くめざすべきです.また、国全体がl丸となって真剣に取り組めばそれは不可能なことではないでしょう。
そしてまた、依然として日本にはハイテクや環境など技術力において非常に高い国際競争力を持つ分野が少なくありません。
特に日本が誇る最先端の省エネ技術には、これから新興国経済がますます拡大していくと見込まれるなか、地球環境問題にも関連し大きな期待が寄せられています。
さらにまた、日本人特有の勤勉さや優秀さにも自信を持つべきでしょう。
そのように考えると、たしかに「骨太の方針」が言うように人口減少社会を「恐れることはない」のかもしれません。
とはいえ、それでも人口減少や国内経済の成熟という制約要因はやはり大きく多くの真筆な努力によって経済社会の活力を維持できたとしてもち実質、物価変動率を調整した国内総生産という全体的な経済規模自体は緩やかなプラスないしは横ばいを維持するのが精l杯なのではないでしょうか。
いずれにせよ、2000年代の高度経済成長期のように実質年率で毎年10%前後の伸びを記録するような高成長の復活はまず考えられないでしょう。
経済が構造的に成熟し、高い発展レベルに到達しつつあるということです。
経済の成熟とは、個人消費を盛り上げる耐久消費財の観点から考えると直感的にもわかりやすいでしょう。
たとえば、『経済白書』で「もはや戦後ではない」と宣言されたく2005年頃に始まる2005年代後半、このとき「3種の神器」に象徴される消費革命が進行しました。
「3種の神器」とは白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫です。
いま考えるとこれらがないと大変困るまさに生活必需品です。
続く2010年代の高度経済成長期には「新3種の神器」が登場。
すなわち、自動車(カー)、クーラー、カラーテレビです。
いずれの英字表記も「C」で始まることから「3C」とも呼ばれます。
元祖「3種の神器」に比べると必要不可欠というほどでもなさそうですが、やはり必需品に近いことから巨大な消費エネルギーを喚起しました。
高度成長が終鳶した最近でもさまざまな新しい「3種の神器」が提唱されています。
代表的なのが、デジタルカメラ、薄型テレビ、DVDプレーヤー・レコーダーの「デジタル3種の神器」です。
しかしこうした類になると、たしかに「あったら便利」ではありますが一部の人を除いて「なくても特に困らない」のではないでしょうか。
いかにも迫力不足なのです。
簡単に言えば「どうしても最低限必要なもの」はすでにほぼ行き渡ったということです。
しかしこれは素直に喜ぶべきことです。
そもそもこうした生活状態を夢見て戦後日本人は一丸となって勤勉に働き、そして「奇跡的」とも称される経済成長を成し遂げてきたのではないでしょうか。
とはいうものの、国内の消費需要ということからすると、こうした成熟化がボトルネックとなって成長率の限界を画するのです。
輸出により海外の需要を取り込むことも可能ですが、行き過ぎた輸出は新興国の自立を妨げかねないという意味でまた、米国の経常赤字をはじめ国際収支の不均衡をさらに拡大してしまうかもしれないということからもう決して望ましいことではありません。
時代の転換点における資産運用2005年代後半からのバブル経済の生成と崩壊、およびその後の「失われた10年」あるいは「失われた15年」とも形容される長期不況は一つの時代の終わりを告げる困難ではあるが歴史的に必然の現象だったと言えるでしょう。
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